2011年04月05日

00.社会

被災者と過ごした10日間、東洋精米機社員が炊き出し支援

被災地の子どもと触れ合う小﨑さん(東洋精米機提供) - 被災者と過ごした10日間、東洋精米機社員が炊き出し支援

被災地の子どもと触れ合う小﨑さん(東洋精米機提供)

東日本大震災からの復興に向けて各企業が義援金や物資で支援する中、和歌山市黒田の(株)東洋精米機製作所(雜賀慶二社長)は社員2人を宮城県の現地に派遣し、炊き出しなどで被災者を支えた。栄養価の高い同社の無洗米ブランド「金芽米」約700キロを持ち込み、先月22日から31日まで毎日、約400人の被災者の3食を用意。時間を見つけては、心に傷を負った子どもたちやお年寄りを励ますなど、炊き立てのご飯とともに温かい心を届け続けた。

派遣されたのは総務担当取締役の川上祐司さん(48)と、テクノ営業部の小﨑哲也さん(35)。アジア協会アジア友の会のメンバーらと共に、壊滅的な被害を受けた宮城県南三陸町の歌津地区にある小さな避難所で活動した。

朝晩は氷点下にもなる東北の気候。山間部の登米市にある福祉施設を基地に毎日午前4時半に出発し、1時間半かけて歌津地区にある避難所に移動した。栄養のバランスが取れるようメニューを考えて朝昼晩の3食分を炊き出し、午後8時に宿泊場所に戻ってからも翌日の準備やミーティングなどに時間を費やした。就寝は午前零時を過ぎる日々が続いた。

携帯電話はつながらず、物資を調達しようにも車のガソリンもない。連日変化する被災者のニーズを災害対策本部に伝えるパイプ役ともなった。心身共に過酷な状況でも、2人は時間を見つけては子どもたちと触れ合い、一緒にサッカーや追い掛けっこをしたり、剣道少年には、まき割りを手伝ってもらった。「大声を出して迷惑を掛けるので避難所には行けない」と知的障害のある子どもがいる親の存在を聞き付けると、その家まで出向き、食事を届けた。

黄色い上着を羽織っていた川上さんは黄色いおじさん、小﨑さんはこざ兄と慕われるように。最初はこわばっていた住民も次第に打ち解け、被災者側から、「寒いやろ」とまきをくべてくれるようになった。

現地での最終日、被災者から「ありがとう」と書かれたぼろぼろの紙袋を渡された。中には三陸名物の乾燥ワカメなどの海藻と子どもたちからの「頑張ってください。わたしたちも頑張ります」という手紙。年老いた女性は2人を抱きしめて「ありがとう」と涙を流した。

すべての作業を終え新潟のホテルでみそ汁とご飯の朝食を取った2人は、どちらからともなく「これが幸せなんやな」とつぶやいた。川上さんは「最近は涙を流すことなんてなかった。被災された方は自分たちが一番困っているのに、すごく助けてくれた」と振り返った。

同社とアジア協会の支援活動は現在、10日まで第2次隊を派遣している。





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