紀州徳川家奉献の本殿復元 宇治神社

復元された本殿
復元された本殿

 和歌山市新魚町の宇治神社(西尾酒子宮司)の本殿が復元、拝殿が新築された。同神社は平成10年7月から西尾宮司(71)が奉仕に就く同17年5月まで世話人がおらず、本殿と拝殿はシロアリの浸食や風化が進み、傷んでいた。同年から氏子と共に再建を進めており、ようやく先月に完成した。西尾宮司は「涙が出るほどうれしい。神様が一番喜んでくれていると思います」と感激している。

 太陽の神「天照大御神(あまてらすおおみかみ)」、水の神「丹生都比売大神(にゅうつひめのおおかみ)」、子孫繁栄の神「高野童子大神(たかのみこのおおかみ)」を宇治三部大明神として祭る同神社。紀州浅野家、徳川家の鎮守として崇拝され、守られてきたという。また明治時代には境内に楠本稲荷、金比羅、八坂など8神社が祭られていた。

 かつて境内には樹齢400年のクスノキがあり、昭和6年に天然記念物に指定されたが、第2次世界大戦の戦火で失った。平成17年には楠本稲荷神社だけが祭られていたが、同22年に足神神社が復興した。本殿は約200年前に紀州徳川家が奉献したものとされ、同大戦で和歌山大空襲に見舞われたが、本殿だけは奇跡的に戦火を逃れた。

 西尾宮司が就いた頃はすでに本殿と拝殿にシロアリの浸食が進み、境内は雑草で覆われていたという。「美しい中で神様も参拝者も過ごしてほしい」と、境内の掃除や氏子の呼び掛けから神社の再建が始まった。集まった氏子や地元住民の協力を得て、同19年には9年ぶりの夏祭りと秋祭りを開催した。神社としての姿を取り戻す中、同21年4月から本格的に本殿の復元、拝殿の新築に向けて寄付を募った。

 本殿は同23年10月から工事が始まり24年11月に完成した。浸食が進んでいない部分はそのまま残っている。梁(はり)などの上に置かれる鳳凰(ほうおう)が刻み込まれた山形の部材「蟇股(かえるまた)」、本殿左脇には「鯉の滝登り」、右脇には「獅子(しし)」の脇障子など当時のまま取り付けられている。

 先月完成した拝殿は社務所だった場所を取り壊し、新築。拝殿正面の壁はガラス張りになっており、目の前に本殿を見ることができる。

 復元、新築をするに当たり、参道も新しく整備した。西尾宮司は「本当に一からのスタートでした。皆さんの協力があったからこそで感謝しています。皆さんに参拝してもらい、幸せで楽しい日々を過ごしていただきたいですね」と話している。
新築した拝殿を前に、西尾宮司㊨と氏子
新築した拝殿を前に、西尾宮司㊨と氏子

 11日午前11時からは復元、新築を祝う「奉祝祭」が執り行われる。

関連記事

同じカテゴリのニュース一覧