ワイン樽でしょうゆ造り 新古さん仏で挑戦

ヨーロッパのフランス料理人たちが愛用する日本のしょうゆがある。「湯浅醤油 生一本黒豆」。和歌山県湯浅町の湯浅醤油㈲が、丹波黒豆を材料に豆をゆでて仕込む古式製法にこだわって造った。料理の絶妙な隠し味に使えると、ベルギーの星付きレストランのシェフはわざわざ来日し、百貨店の棚ごと買っていくという。海外での和食ブームを背景に、良質なしょうゆの需要は高まる一方だ。代表取締役の新古敏朗さん(49)は、フランス南西部のボルドーで高級ワイン樽を使った新たなしょうゆ造りに挑戦しようとしている。

新古さんは明治創業の調味料メーカー、丸新本家㈱の5代目。しょうゆの国内消費量が減少の一途をたどる中、途絶えていた同社のしょうゆ醸造を復活させようと2002年、子会社の湯浅醤油㈲を立ち上げた。当初から海外展開を見据え、成功させたのが「生一本黒豆」だった。

フランスでしょうゆを造ろうと思い立ったのは14年。かねて「世界の発酵・醸造の現場を見よう」と各地を巡る中で、ボルドーのワイナリーを訪れたのがきっかけだった。ワインの産地として世界的に有名なボルドーには、「シャトー」と呼ばれる醸造所が5000軒以上ある。生産者に話を聞くうちに、長期熟成させることで香りや味わいが増し、価値が高まるワインの在り方に共感した。新しいものが評価される日本の食品とは対照的な考え方だが、「しょうゆも同じ発酵食品だからできるのではないか」と考えた。

帰国後、12のワイン樽を取り寄せた。木樽で生しょうゆを1年間熟成させると、樽の種類ごとに複雑な味に仕上がった。「おいしい」。手応えを感じた。

しょうゆをヨーロッパへ輸出すると、関税などで日本の3倍以上の値段に跳ね上がる。これでは高級レストランのシェフにしか使ってもらえない。醸造用の道具がそろい、発酵環境の似ているボルドーでしょうゆを造ろうと決めた。

現地で知り合ったワイン醸造家の内田修さんが、ワイン樽を手に入れてくれた。ボルドー髄一のワイン生産地、メドック地区で格付けされる五大シャトーの「シャトー・マルゴー」と「シャトー・ムートン」の樽が一つずつ。めったに手に入らない貴重なものだ。

しょうゆは日本の伝統食品であるがゆえに醸造技術は完成し、「進歩が止まっている」状況だという。だが、東南アジアの魚醤やイタリアのバルサミコ酢、チーズなど世界各地の発酵現場を見てきた新古さんは、確信したことがある。

「世界と日本の発酵技術の良いところを融合させれば、極めていけるところはいくらでもある。しょうゆはまだ進化できる」

今月18日、こうじ菌だけ持って現地に飛んだ。内田さんの醸造所の一角にある小屋がこれからしょうゆ造りの拠点になる。必要な道具と材料の大豆と小麦は現地で仕入れるつもりだ。

大豆を蒸し、小麦を炒って砕き、塩こうじを加えてもろみを造る仕込みの作業。異国で一人、全て手仕事でやる。昔ながらの製法でしょうゆ造りに取り組んできた新古さんには慣れた作業だ。職人としての経験と勘にも自信がある。「シナリオは決まっていない。でも、和歌山の田舎からでも夢のようなことができることを若い人に見てもらいたい」。

ワイン樽で熟成させるしょうゆは2年後の完成を目指している。早くもうわさを聞きつけた国内外のシェフたちも熱い視線を送る。新古さんは「華やかな香りのしょうゆになると思う。楽しみ」と屈託のない笑みを浮かべた。

「夢のある仕事をしたい」と新古さん(湯浅町で)

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