「王国」の現実 紀の川市長選・現場の声

27日投開票の紀の川市長選。豊かな自然に恵まれ「フルーツ王国」と呼ばれる地域を担う新リーダーの選出が迫る。新型コロナウイルス対策が急がれる中でも、過疎化対策やインフラ整備など人口約6万人の地域には課題も多い。その一つひとつを解決するには基幹産業の農業の振興は欠かせない。王国を足元で支える現場を見つめた。

山あいに囲まれた名手上の急斜面のハッサク畑に冬の日差しが届く。冷たい風にさらされた身を温めるにはとても物足りない。そんな寒さの中、所有者の小倉優一郎さん(36)=麻生津=が点在する果実を覆う葉に触れる。収穫を過ぎた時期であっても樹木の生育具合は気になる。

若手のかんきつ農業者ではあるが柿なども育てており、浮わついた気持ちで農業には取り組んではいない。「地に足が着いた」農業を長く続けたいと願っている。

市は2005年の市町村合併で誕生した。旧5町時代から果実栽培に力を入れ、桃やイチゴ、ハッサク、イチジク、キウイは県内一の生産量。温州みかんや梅の栽培も盛んだ。県外に出荷されるほどの品質だが、安い外国産フルーツとの競争は避けられない。

加えて、肥料や農薬の価格上昇など取り巻く環境は年々厳しさを増す。「安易に価格転嫁はできない。正直言って経営は厳しい」。小倉さんの言葉は市人口の約2割、県平均と比べて2倍近い割合を占める市内の第1次産業従事者の悲痛な声を代弁している。

気掛かりなことはまだある。市の教育環境の整備が十分とは言えない点だ。

小倉さんは農家の他に粉河で個別塾を経営し教育者の顔も持つ。確かに、山あいのまちには珍しい近畿大学生物理工学部の大学があって高校も2校。だが、市町村合併後、旧町にあった図書館の相次ぐ閉館は、子どもを含めた全世代の「学びの場」を奪う結果になっていないか。

「市には主体的に学習できる場が少ない」と小倉さんも指摘する。例えば、最近図書館は自習や交流の場としても活用されているだけに「自習ができない図書館があると聞くと、物足りなさを感じる」。ささいな問題かもしれないが、市が進める若者の移住促進に影響しないか気になる。「移住者は子どもの教育環境を重視する人が多い。学べる場は多いに越したことはない」。

農家と教育者の立場から故郷を見守り続ける小倉さん。「国家百年の大計は食の源の『農業』と、人を育てる『教育』にあると思う。国家を支える地域こそ実践しないといけない」。故郷を導く人に託す願いでもある。

ハッサクの手入れに励む小倉さん。「農と人が育つ地域になって」

ハッサクの手入れに励む小倉さん。「農と人が育つ地域になって」

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