加太深山に「由良要塞」 砲台基礎を確認

明治政府が大阪湾防衛のため整備した、和歌山市深山の軍事遺産「由良要塞」の発掘調査で、砲台の基礎5基が確認された。同所の発掘調査は今回が初。発掘を担当した県教育委員会文化遺産課の山本光俊さんは「残存状態も良く、今後全国の砲台との関連を調査する上で貴重な資料になるのでは」と期待を込めた。

調査は県が2020年度から5年計画で進めている、幕末から1970年までの間に建築された県内の「近代の文化遺産」調査の一環。

「由良要塞」は加太・深山地区と友ヶ島、兵庫県淡路島の由良地区、鳴門地区の4地区にある陸軍施設の総称。要塞司令部は由良地区にあった。経済の中心地・大阪を守るため、明治政府が1889年から、紀伊半島と淡路島の間に「守りの要」となる同要塞を建設。加太・深山地区には、口径15㌢の十五糎臼砲(せんちきゅうほう)、同28㌢の二十八糎榴弾砲(りゅうだんほう)、同12㌢の斯加式十二糎速射加農砲(そくしゃかのんほう)の洋式砲台や観測所などを配備。砲台は実際に使用されず、1913年と33年の要塞整理などに伴い廃止された。同地区の一部は現在、環境省所管の瀬戸内海国立公園として整備されている。

今回発掘調査をしたのは加太・深山地区の北側に位置する1897年竣工の深山第一砲台跡と1904年竣工の男良谷(おらだに)砲台跡。なかでも深山第一砲台跡では、直径4・7㍍の二十八糎榴弾砲の砲座1基を確認。床面からは、砲台を固定するための穴も多数見つかり、文献の通りに砲台が存在したことが裏付けられた。この他、十五糎臼砲と斯加式十二糎速射加農砲の基礎遺構も各2基ずつ確認された。

3月24、25日の2日間には、地元住民向けの現地説明会が開かれ、計56人が参加。現地は調査後、埋め戻されている。

県は県内の「近代の文化遺産」のリスト化や詳細調査を進め、報告書の作成、シンポジウムなどの開催も検討していくとしている。

直径約6㍍ある榴弾砲の基礎遺構

直径約6㍍ある榴弾砲の基礎遺構

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