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f_ss_nikai.jpg 二階 俊博
f_ss_nishi.jpg 西 博義
f_ss_ishida.jpg 石田 真敏
f_ss_tsuruho.jpg 鶴保 庸介
f_ss_sekou.jpg 世耕 弘成
f_ss_ooe.jpg 大江 康弘
f_ss_kishimoto.jpg 岸本 周平
f_ss_sakaguchi.jpg 阪口 直人
f_ss_tamaki.jpg 玉置 公良
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2010年09月14日

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小坂幹事長をしっかりサポート 生まれ変わる参議院自民党
5_5.gif ■2010世耕弘成

 自民党の歴史上初めて参議院自民党議員会長選挙が行われ、 私の推していた中曽根弘文議員が選出された。 投票結果は40対40の引き分け。 抽選の結果中曽根氏に決まったわけだが、 実は選挙規則に不備があり不在者投票が認められなかったため、 中曽根氏の推薦人である山田俊男議員がどうしても抜けられない海外出張が入っていたため投票できなかったことを考えると、 41対40で実質的にも勝利であった。

 今回の選挙の意義は派閥談合で議員会長や幹事長、 国対委員長等の人事を決めようとする動きを阻止できたことである。 参議院選挙で自民党が議席を増やすことができたのは 「自民党よ変革せよ」 との国民の期待が込められたものであったはずだ。 しかし従来型の派閥談合で議員会長を決めるようなことになっては、 国民の期待を完全に裏切ることになる。 何とか候補者を擁立して、 選挙で会長を選ぶようにしなければならないと決意し行動した。 それに応える形で中曽根弘文参議院議員が参議院自民党改革を訴えて立候補する意思を示してくれた。

 自民党参議院議員83名に対して立候補に必要な推薦人が15人となっているなど、 擁立へ向けてのハードルは非常に高いものがあったが、 数名の同志とともに必死になって推薦人を集め、 何とか擁立にこぎ着けた。 相手は3大派閥が連合して推している現職の幹事長で、 単純計算すると勝ち目のない戦いであったし、 事実終盤には猛烈な締め付けが行われた。 にもかかわらず中曽根議員の参議院自民党改革を訴える姿勢が中堅、 若手を中心に共感を呼び、 支持が広がっていき、 勝利となった。

 選挙で選ばれた中曽根新会長は派閥の意向やバランスを気にすることなく執行部人事を断行した。 幹事長には先例を破って衆議院から転身したばかりの小坂憲次議員、 政策審議会長には旧体制でははみ出し者扱いだった山本一太議員を抜擢。 そして国会対策委員長には反対候補の推薦人ではあったが自他共に国会対策の専門家として認められている脇雅史議員を能力本位で任命した。

 私は幹事長代理として執行部入りすることになった。 衆議院から来たばかりで参議院の状況に詳しいとは言えない小坂幹事長をしっかりサポートし、 長年の盟友である山本政策審議会長とも連携し、 議院運営委員会筆頭理事、 予算委員会筆頭理事、 国対副委員長を務めた経験を生かして脇国対委員長との連絡役も務め、 参議院自民党が新しく生まれ変わっていくことに貢献していきたい。

 幹事長代理の重要な仕事は中堅・若手議員の人事である。 年功序列や派閥バランスを排して能力主義で適材適所の配置ができるようにしていきたい。 また政審、 国対と連携して委員会質問についても攻めの姿勢で臨めるようなフォーメーションを形成していきたい。 今までは与党癖が抜けず、 十分に攻めきれないケースが目立った。 これからは執行部が現場の理事や質問者を督励し、 政権与党を追い込んでいくような質問を行えるようにしていきたい。

 いずれにしてもこれからの政治は与野党が逆転した参議院が主戦場になる。 その中で野党第一党の幹事長代理に任命されたことの意味を噛みしめて頑張っていきたい。


(2010世耕弘成)
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